批判だけからは何も生まれない

最近さらに麻生首相へのバッシングというか批判が多いのですが、批判する人は何を望んでいるのか、もう一度考えてもらいたいなぁと思います。(もちろんかばいたい訳では全然なく、絶賛してる訳ではないです。心情的には理解できるし、首相としての頼りなさは否めないとも思いますが・・・)
自分の国の長に対しての態度とは思えない行為が目立つように思います。
首相は内閣総理大臣で、行政の長(最高権限をもつ者・つまり社長)な訳です。しかも国民が選んだ人、なのに。(総理を選ぶ代議員を選んでいる、ということは間接的に国民が選んだのと同じ意味で。五十歩百歩です)
いらいらして批判したところで、国にとっては余計にコストがかかるだけです。今批判するよりは、結果をみて、施策が間違っていたのかどうかを結論付ければいいように思います。今はその施策が実現された場合に、その成果を最大化する案を考えるというのもありと思います。
その決定事項について、批判する「だけ」は何の建設的な意見も生まないばかりか、批判の渦は連鎖するので、内閣支持率が低下し、つまり政治リスクが増大し、海外からの資金が撤退(ポリティカルリスクは海外の投資家にとって影響します)するので、日本経済が悪くなる一方です。ただでさえ金融世界恐慌に陥りつつある状況で、のんきに批判していていいのだろうか、と思ってしまいます。
もちろん、人によって意見が違うのはあることだし、自分の考えと違うことはあると思うので、コトバを発するのは自由だと思いますが、あくまで「建設的」ということを意識して発言してもらいたいものです。
ゲストコメンテーターはここぞとばかりに「あきれてモノが言えない」と見下したりする訳ですが、その姿の方があきれてモノが言えないように思ったりします。面と向かって同じ事は言わないでしょう。
理想論を掲げたところで、闇雲にそれを盾に進めるのは単なる現実逃避でしかありません。理想論ばかりを言い放つ人は、最も無責任な人です。理想論を掲げた上で、それに近づくための現実論が伴って、初めて意義を持つものだと思います。現実論を持たない人が発言すると、本質を見まがうばかりか、足をひっぱるだけになりかねないと危惧します。もっと責任・・・を意識して欲しいです。
・・・といって批判ばかりしてしまいましたが、僕にできることは、「自分の意見を持つには、まず正しい、責任ある知識を」ということだと思うので、辞書事業を時事系にも広めて「自分の意見をもつためのツール」を作っていこうと思います。
最後に、有名な焼き肉屋さん「くにもと」の肉(コース)の写真を載せておきます。味はおいしい(平均よりは高い)と思いますが、写真のように演出がGoodです!美味しい肉を食べながら議論しましょう。
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